瞑想と夢見(6)を掲載
https://note.com/lockwood/n/n95e2f2a4fa8f
自己想起においての、第二、第三のわたしは、結局のところ、幾何図形の面、点などではないか。すると、トリトコスモスの箱でも、6つの面、8つの点を確保して、そこのすべてに自分がいるというのが理想だ。そこにマインドがフルネスすると、もうひとつ大枠の箱において、また、複数の見ているわたしが存在する。それは惑星と考えてもいい。複数の箱のマトリョーシカは、7つのコスモスの数というよりもっと多いと思うが、これらを行き来するのは、楽しいはず。
トリトコスモスの箱において、メゾコスモスとのつなぎとなる、H96のわたしが立っている。こうした「気の身体」である自分が重要なのは、それは橋渡し能力が高いからだ。
アルゴルは父を倒す。
最近ネット回線で、どたばた模索していて、そのうちに、surfaceが壊れかけている。
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