数日前に、facebookのアカウントをオフにして、facebookを見ないように設定していますが、昨年だったか、facebookを再開した目的は、自分が本を書いている時に、どういう読者のイメージを抱くといいのかわからなくなったので、少し確認のために、再開したわけです。で、それについては十分にわかったので、助かりましたが、その後、いろんな工夫をしました。たとえば、読者イメージを自分で作りだすこと。つまり本の中に読者を組み込んでしまうこと。それがプラトン風の対話篇を書くということになったのです。すると内容はいくら暴走しても失速することなく、書きたいことを書くことができます。
しかしここのところ、新しい混乱要素が増えてきて、これはわたしが地球人視線から脱線する事態が発生し、この段階で、読む人イメージがまたつかみにくくなりました。あくまで、本を書くというのは、誰が読むのかを意識しないことには書くことができないものです。数か月、読者は夢の中に登場してくる人でもいいのではないかと思っていましたが、数日前に出てきた老いた女性科学者を読者イメージにしてもいいかもしれないとも思っています。誰?これ。リサ・ランドールのイメージなのか?ジャンナ・レヴィンでないことはあきらかだ。
ともかく本を書き始めてから二日目くらいで、だんだんとエンジンかかってきました。
しかしここのところ、新しい混乱要素が増えてきて、これはわたしが地球人視線から脱線する事態が発生し、この段階で、読む人イメージがまたつかみにくくなりました。あくまで、本を書くというのは、誰が読むのかを意識しないことには書くことができないものです。数か月、読者は夢の中に登場してくる人でもいいのではないかと思っていましたが、数日前に出てきた老いた女性科学者を読者イメージにしてもいいかもしれないとも思っています。誰?これ。リサ・ランドールのイメージなのか?ジャンナ・レヴィンでないことはあきらかだ。
ともかく本を書き始めてから二日目くらいで、だんだんとエンジンかかってきました。
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