2018年12月15日土曜日

20181215 宗教

わたしが1990年代にニフテイサーヴでシスオペをしていた時、幸福の科学の会員は教祖の本を大量にわたしに送りつけてきた。多すぎて読めない。結局一冊も読んでなかった。その後、ライバルのオウム真理教の信者は、わたしにダンボール数箱のオウムの本を送ってきた。送ってきたのは井上嘉浩だ。オウムはその後衰退したのかもしれないが、最近、大川霊言テロが、信者の新木優子にふりかかってきたことが話題になっている。オウムにしても、幸福の科学にしても、物質界というか、この地球社会に対してあまりに執着心が強すぎてこれは異常。大川隆法にしてもなぜそこまで欲深いのか。物質界とエーテル界を切り離して、宗教的な人々は物質界をあきらめてエーテル界に移動しなよ。あらゆる欲を捨てるといい。まあ、教祖が欲深すぎるので、信者はそこから逃れるのを許されないのでしょう。とはいえ、宗教団体の話をしましたが、社会主義とか民主主義とか、天皇制とか、これらも宗教です。宗教を批判して、民主主義であると思う人も、そういう宗教の信者なんです。出口王仁三郎は、日本人は三分が生き残ると言ったが、つまりこれは3パーセントが自己を失わないということで、彼らは宗教の支配からは自由だということかもしれないですね。

2018年12月14日金曜日

20181214 カラフルな光景

エーテルの紐は昔はシルバーコードと言われていた。で、この一本の紐に深入りすると、中心線と、反対に動く周辺回転皮膜があり、この周辺皮膜にはかなり具体的な情報がストックされる。ストックが進むと、この紐の先のターゲットとの関係がだいたい切り離されることが多い。つまりもうこれ以上は情報は詰められない、おなかいっぱいということです。で、タロットカードの20審判のカードで、ラッパに入り降りていくと、下から墓が開いて、内容物が「展開される」ということに慣れてくると、このエーテルの紐の中身を読むというのも、わりに楽にできるようになる。でも、この墓開きを一度すると、しばらくはそれが続くので、今日は朝からずっと日本のどこかの漁村の鮮やかな光景を見ていました。また上空からドローンのように見ているので、花が満開な光景のほうが前面に出てきます。わたしは大たい骨を壊しているので、遠くに旅行には行けない。そもそも電車に乗るのは無理だ。なので、この中心に入ると、周辺が解凍されるというやりかたで、観光するのもいいなと今日の朝思った。日本の風景を見たのは、Huluで「トワイライト、ささらさや」を見て、日本映画は映像が上手だねと思ったのが原因。
ps.いま思い出したが、日本風景の前に、男の人が泣きながら落下していくのを見た。落下した後、見つからない。また新たなボランティア?20審判のカードの性質がよくわかっていれば、泣かなくて済むのですが。

2018年12月12日水曜日

20181212 環状の道

地球を枠つきの水たまりと定義したら、その後、ずっと真ん中に池があり、その周囲に環状の道があるという光景が何度もあらわれる。環状の道は月の軌道で、そこにステーションがある。時々真ん中の水に飛び込む人がいる。が、全体にこの真ん中の池は危険地帯という気配は続く。環状の道は、上から見て右回りだと降下で、池である地球に飛び込む。上から見て左回りは、上昇とか抜け出すとか。12サインをあてはめると、サインの進みは上から見て左回りだ。夢の中で、この道のある場所に図書館があったが、12サインの配置で考えてみると、いて座あたりにそれがあった。そこを右回りに通り過ぎると、少人数の集団がいた。これはさそり座あたりか。というよりてんびん座だ。このチームが、見失ったわたしの子供を保護していたのだが、二回転目のてんびん座は、19太陽のカードに対応するので、この見失った子供とは、太陽のカードのもうひとりの子供のこと。わたしが池に飛び込んだので、子供の行方がわからなくなったというわけ。わたしはこのチームを工事の兄ちゃんたちと呼んでいるが、ずっと前にスピカに行く時に、数人が溶けて筒になった。人になったり筒になったりというところが、工事の兄ちゃんたちという名前に合ってる。完成した建物の場所にはいないので。毎度のことながら、わたしはこの工事の兄ちゃんたちに会うと、感激するとか感動するとかの感情を刺激されてしまう。自分を犠牲にする精神があるからだ。まあ自分を犠牲にしないことには、人の形が溶けて筒になったりはしない。


2018年12月11日火曜日

20181211 鮫肌でざらざら

今日は珍しく夢を記憶していなかった。毎日ほぼ確実に2つの段階を記憶しているのだが。そのかわりにというか、少し早めに目覚めると、20審判のカードの状態に入る。わたしはこのカードをクンダリニなどと説明しているけど、クンダリニは中心のスシュムナ・ナディをあがって来る。でもわたしの場合には最近は、自分が天使のラッパになって降りていくと、その周囲を包むように下に畳んであった幕があがって来るような感じ。で、この幕は映像を映し出すスクリーン素材で、そこに鮮明な映像が映るのだが、今日は地面に穴が開いており、その脇に、穴から取り出したらしい古い石版が横たわっている。石版も地面の穴もざらざらしたサメ肌であり、見てると鳥肌が立ちそう。石版は太古の金星の記録らしい。数日前にヴェリコフスキーのことを思い出したのでその関連だろう。地面の穴は20審判のカードに描かれた墓穴に似ているが形は不定形で、蟻の巣の露出のような。石版は見た以上は自動的に数日かけて解凍されるはず。最近はこういうふうに腰から幕が上がって、身体を取り巻くか、あるいは目の前に板として出てくるかというのが多いが、この壁の質感とか素材によって、エリアとか時代を考えてほしいということらしい。以前は似たものが多かったが、最近はこのスクリーンの素材がいろいろ違っている。で、この20審判のカードだが、わたしはいつも線、筒、トンネルとかは、大小サイズが可変すると言うが、天使のラッパは、この筒であり、主体がこの中に入って下に下りていくのでは。すると、下にあるものは外周を包む幕でもあり、つまり拡大して見える。21世界のカードでは、これが楕円のエナになる。下の墓石は世界すなわち正方形だと説明しているが、いろんな正方形をアクセスして、ラッパの筒で下りる。ひとつの正方形を相対化するために、これからは二種類をいつも比較してほしいと言われているようだ。以前の夢で、反物屋さんで、どの布がお好み?と聞かれた以後の話かな。

マクロな太陽系は、ミクロでは原子に転写されていると考えているが、天使のラッパで降りていくと、自分が原子核になり、墓が電子の幕になるのでは。相互束縛によって、つまり太陽と惑星群、惑星と月などによって、太陽系世界は安定しているが、兄弟姉妹的な、もうひとつの世界と比較してほしいと言われると、たとえとしては、エキゾチック原子かな。この太陽系とシリウスは兄弟で、互いに回りあっているという説があるが、陰陽の関係性の束縛がゆるいぶん、勝手な動きをする"系"があるらしい。太古の金星って、交換留学?こういうのを、幕に映る映像でいろいろ調査してください、というおはなし。


2018年12月10日月曜日

20181210 マイナーな曲だと著作権に引っかからないのか

久しぶりにyoutubeにuploadしてみた。
シャルパンティエあたりだと、著作権チェックにはひっかからないのか。
https://youtu.be/rpz5wIfsN-c

2018年12月9日日曜日

20181209 土の中の水

地球は水に囲まれ、この中に大陸とか島がまばらに存在している。でも地球のサイズは決まっていて、つまりは枠の中にありということで、タットワの25個のシンボルで言えば、土の中の水と分類できる。今の地球をどう決めておけばいいのか、といろいろ考えたあげくに、こういう位置づけになった。シフトした地球とはっきり違いを説明できるようにするために、あれこれ名前について考えていたのだ。で、14000年前に、カフナの先祖は、エジプトに暗黒の時代がくると予見してそこから去ることにして東に移動し、ハワイに行き着いたとロングは主張した。でも最近、急にこの説を疑うようになった。確かにハワイは、日本式に言うと、海の中の島なので弁天島であるが、彼らはハワイという土地を重視しておらず、その近所の海の三角地帯を活動拠点にしたのでは。つまり存在状態がシフトしており、わたしたちのように海に囲まれた陸地に住む必要性はない。彼らは真にサイキックな人たちであり、そういう人間の身体はエーテル体であるのが一番自然だ。そもそも古代エジプトとはそういう時代だ。シュタイナーは西洋人はとことん物質的であり、物質から離れるのは不可能だと言ったが、西洋の国には海に囲まれておらず、となりがそのまま陸地で隣の国になってしまうことも多く、こういうところでは、地球は土の中の水なのに、土の中の土と思い込んでしまう傾向もあるからでは。海は島を飲み込むし、小さな視点から見ると、圧倒的に広がっている。しかも均等に。海に囲まれた島は、局在から非局在に拡大するエーテル体というイメージを受け入れやすい。やがてはすべての存在はこれに飲み込まれていくと思っている。

西洋人が自分たちはギリシャから始まり、エジプトから始まったわけではないと言うのは、自分たちは純粋に物質主義であるということかな。

2018年12月7日金曜日

20181207 熱があるので

技術評論社の月星座占いという本が増刷だそうです。毎月何か増刷の連絡が来ますね。月星座占いについては、月に関してさんざんなことを書きましたが、今の月は地球人を堕落させているんですよ。なので本来の月の役割に回帰するには、月は7つないといけないです。ひとつに能動、受動、中和という有機的作用が働くと、これは21個の月になります。今の地球のまわりにある月に関してさんざんなことを書いているのは、わたしが実は月に関してそうとうに詳しいということを示しています。月が7つになると、これはシフトした地球になります。いまのようにひとつしかない月は、いわば地獄の入り口みたいな位置づけにはなるでしょうが、ある意味、これはゴミ箱みたいな意味もあります。ここに吸い込まれた人は、二度と戻ってこない。でも「人間」は絶対に吸い込まれません。今日は熱があるので、早朝のzoom講座は中止にしてもらいました。原稿は書けるけど、話はできないです。もしかしたら、今後体調はもっと不安定になるような傾向もあります。固まったゼリーではなくなったので、やすみなく揺らぐかもしれない。地球も本来は、このように休みなく揺らぎ、どこにも安定したものがないということになると、一番健全で本来的な地球なんですけどね。大地は安定していてほしいというのは人間の傲慢で、そもそも地球は人のために生きているわけではない。いそうろうが勝手なことを言うな、というところでしょうか。