2020年9月21日月曜日

20200921 恵比寿地域の占星術村?

 今日の夢は、恵比寿のアカデメイアあたりの地域に、占星術の村みたいなものができて、村あるいは町のあちこちに、教室というかブース、仮設教室があり、たとえば「小野の部屋」みたいな個人の主催する小屋などもあったりして、たくさんの人が参加しているところを、わたしはあちこち見ていたというものでした。

これは恵比寿のアカデメイアではなく、おそらく、明日、占星術のカンファレンスがあることに関係しています。ならばなぜ恵比寿のアカデメイアの映像を借りたのかというと、わたしがかつて関わっていたということの関連です。アカデメイアが創設された時からかかわっていたからです。で、夢の中では、見て回ったけど、あたらず触らず、決して深入りしないという姿勢を続けていました。傍観者という姿勢かな。

わたしが深入りしないという姿勢になっているのは、わたしの存在の起点が恒星、あるいは恒星ネットワークにあるからです。地球は自転、公転しており、地球という山羊座の箱の中に入り込むと、恒星との接点は失われますが、逆に、恒星を基軸にすると、地球の内部においての活動に対しては、「巡回するが、決してどこかにとどまらない」ということになります。巡回するのは、自分がでなく、地球のほうが動くので、自分がじっとしていると、結果的に巡回することになります。占星術は、惑星の動きを基本にしており、またトロピカルサインを使うかぎりは、太陽系の外の星座、恒星との関係は切り離されます。つまり占星術は「村の中でのみ成立する」ということで、恒星人間としてのわたしは、かつては関わっていたが、いまは、様子を見て、長居しないということになります。

占星術の本はたくさん書いていて、長い間やっていました。だいたい17歳からです。でも、順々に取り組んでいた結果として、惑星ばかりを扱う太陽系内閉鎖の輪から、外に弾き飛ばされたというところでしょうか。連続的に取り組んでいた結果として、こうなったと考えるといいです。とはいえ20代にはアルクトゥルスに接触していたわけなので、太陽系外へのほころびはすでに作られていたのです。

で、そもそもわたしは土星と海王星が合の人なので、地球で閉鎖する土星の箱を、切り崩す要素というのはもともと持っていたので、アルクトゥルスの箱を壊して、川に流す。そして、スピカの、違う形の新しい箱のデザインをする、というのが継続しているということにもなります。

八月に病院に入院して、大腿骨を人工関節に置換する手術しました。前の骨はぼろぼろだったそうで、ぎりぎり歩けなくなる直前まで骨を使っていたことになりますが、退院しても後、夢では、しばらくはまだ入院中でした。これは着地点、あるいは歩く方向性が決まっていないために、保留中だったのです。病院は、夢の中では、月のステーションです。しばらく前から、月のステーションにはスペシャルスペースができており、フェクダから降りてきたものが複数化して、白い服を着た女性たちのチームができて、わたしを取り囲んでいました。これがそのまま、病院では、白い服の看護師たちということになり、この病院は大病院だったし、大腿骨手術に慣れている人たちで、外科病棟は10階でしたが、だいたい入院中、20人くらいの看護師が病室を出入りしていました。みなキャラクタが違っていて、おもしろかった。

で、月のステーションから、あらためて地球に足をつける場合の方針が決まらない間はずっと入院中ということになります。ヘリオ軸の月のステーションと、ジオセントリックのすり合わせを考えろということですが。夢では、たとえばある看護師が、わたしの中身を、肉体の腰に左右どういうバランスで入れていくか、試行錯誤している光景も見ました。着地点と、歩く方向を決めるというのは、象徴的には、靴を決めるということにも関連しやすいのですが、占星術村、今後も関わるのでしょうか。となると、これまでやっていた古いコンセプトをそのまま継続することはないです。

やはりギリシャ以後始まった、太陽系、あるいは地球を孤立させるシステムを作るということをいったん壊して、地球と恒星との接点を持った新システムを作るということをすれば、これも新しい腰、足、靴になるかな。いまは、慣れてきて、一本線をトレースして歩くということもできるようになりました。病院中では、まだ左右の身体が揺れるような歩き方しかできなかったのです。両方を一気に手術するというのは大胆不敵なことらしく、看護師全員が警戒して見ていました。わたしを手術した執刀医は、チャレンジとかが大好きな男なので、わたしが両足同時と言ったら、嬉しそうにやってくれたのですが、看護師は術後わたしがまだ歩いてはいけないと言われていた時に、病室内を隠れてふらふら歩いているのを見て怒ったりしていました。高額の病室なので、病室にトイレがある。そこまではまだ車椅子でないとだめ、という時に、補助具なしで歩いていこうとしていたのです。夜中の二時半に目覚めて、室外通路をデッドマン・ウォーキングみたいに歩いていたのを見つけて「何してんの?」と怖い顔で言ったりしていました。

で、一本線トレース、教習所でのバイクの練習の場合だと、一本橋走行ができるようになると、方針は明確にしないといけません。今日の夢では、まだ傍観者だ。というか見回りかな。ずっと占星術にかかわってもいいのではないか。関わるつもりなら、システムを改変するのがいい。世の中は、この占星術よりもずっと遅れているのは明らかです。というか思い切り幼児的です。なので、占星術システムの改変となると、極端に先進的ということになりますが、下降型オクターヴの人々、スタピ、滴仙などは、たいていこういう占星術などをガイドラインとして使うことが多いでしょう。梯子の目安として便利だからです。(前もいったけど、四柱推命とか紫微斗数でもいいです。ただし古典手法をうのみにしてはいけません。)

ヨーロッパがギリシャ以後、独自の発展を遂げ、決してエジプトから継承したものではないと言い張るのは、太陽系の外とのかかわりを切りはなすことに関係します。エジプトでは、ピラミッドにあるように、トゥバン、オリオン三つ星、シリウスなどとの関連で文明を作っていた。ギリシャのヒッパルコスは、これを太陽系閉鎖、あるいは地球閉鎖にしてゆき、おまけに、外との通路になる天王星、海王星、冥王星も、記憶喪失したのです。今の黒人差別も、ヨーロッパの白人種はエジプトみたいなアフリカ種、土人とは違うと言いたいのかもしれないですね。

ギリシャ神話などにある歪曲、改竄などを修正しなくてはならないのはあきらかですが、恒星をメンタル体、H6と想定し、これらを包み込む星座をH12、すなわちメンタル体としての骨を包み込む肉、着物と想定するのはどうでしょうか。恒星には神話がないが、星座にはある、という具合に。そもそも12星座は神話元型的です。恒星と恒星を結ぶラインは、メンタル体的、高次エーテル体に関係しますが、それを組み合わせて、曲線的にして、ふわふわの動物の形にしていくと、アストラル体的、H12的ではないですか。地球から見た視点でないと成立できない星座。人為的すぎますが、夢見の産物です。日本人はオリオン座を、かめ座と呼び、亀姫の伝説まで作り出しました。人為的に作り出したのでなく、深い無意識、あるいは超意識から浮かび上がってきたものです。で、とりあえず88星座で考えるのはいいですね。音階は88音階でいいのでは。







2020年9月20日日曜日

20200920 古いパソコンの再生

 自作パソコンで、二台放置していたものがあり、それなりに具合が悪くなったので使わなくなったのですが、しかし捨てるのはもったいないので、そのまま放置していた。ひとつはCPUのピンを曲げてしまったので、ピンセットで直したけど、時々動作停止ぎみというようなもの。しかし長い期間放置していたので、ピンが治っているような気もする。もうひとつはマザーボードがもう傷んでいるのではないかとか。二台のうちひとつを補修しようと思いました。で、まずwindows7をwindows10にupgradeしようと思った。理由はwindows10には、動画キャプチャー機能がついていて、これがかなり便利だと思ったから。

でも、windows10の正規品をそのまま購入するとなかなか高額です。ヤフオクで探すと、DVDが2000円くらい。ライセンスのみだと500円です。DVDを買ってインストールしたら、古いwindows7のライセンスのままでよいらしく、うまく走っています。なので、今日はその補修パソコンで、youtube作ってみました。動画キャプチャーは、グラボの指定があり、それを使わないと動かない。なので、放置していたNVIDIAボードをつけたら、そのままうまく動きました。自作パソコンを作るひとたちの悪い癖というのがあり、これは余った部品がひとつあると、もったいないので、それを使ってもう一台作るというものです。無駄なパソコンが増えていきます。

で、もうひとつシュアーのX2uという、マイクのキャノンコネクタに挿して、USB出力できるインターフェイスがあり、これももったいないので、中古で、シュアーのSM58を落札しました。SM58は、かなり知られたダイナミック型のボーカルマイクです。もう製造はしてないのでは。テレビでも政治家のインタビューなどで、よく見たものです。自分でしゃべるなら、鋭いコンデンサ型の音より、ぼんやりしたダイナミック型のほうがいい。こんどはこれをyoutubeで使おう。

というわけで、古い持ち物を再生するということに興味を持っています。年寄りになると、ものを手放さない。それに時間感覚も変化してきて、10年前に買ったものも、つい去年買ったみたいな感じ方になる。

未来の地球で、日本を含むエリアに、プレアデスの楽園を作る方向があるという話を書きましたが、プレアデス星人の話って、案外本が多いですね。何が面白いんだプレアデス。もっとも地球人ぽいからかな。

わたしの場合、ヘリオの金星が黄緯が3.29度くらいなので、アトラスの3.55度と、メロペの3.57度が比較的近いです。おまけにメロペは横でおうし座の29度終わりあたりなので、木星とも近いです。未来の地球のプレアデスのエリアを、他人事みたいに見ていたけど、金星リンクで縁があるということになります。フェクダは基本的にプレアデスと親近性が高いので、フェクダにかかわると、プレアデスを引っ張り出してきます。

ブレイディの恒星パランは恒星の数が少なく、もっと二倍とか三倍増やしたほうがいいですね。確か海外のアプリでは、たくさん表示できるものがあったはず。知られていない恒星は神話がないけど、神話探すのなんて、そんなに困難ではない。神話元型は恒星の「着物」ですから。それに夢で接触すると、簡単に判明する。恒星が神話を持つには、恒星が降りないとうまく作れない。そして降りようとしたときに、その恒星の図形的な意味が、そのまま、その恒星が管轄する世界での、ミクロ原理になります。大きなものはそのまま小さなところに細分化される。この太陽系には原子があるように、他の星系では、原子とは違うが、そういう物理法則が生まれて来たりします。

今日の夢では、わたしはこの太陽系の惑星がピザみたいに平面的に展開されていることは、現実ではなく、ものの見方のひとつでしかないことを考えていたのですが、たんに人と人の横のつながりを作るためだけに、こういうふうに視点を制限するわけですね。想像とか妄想は共有されていくのです。同調圧力で、わたしたちは原子とか分子とか、あるいは遺伝子があると思い込まされています。






2020年9月19日土曜日

20200919 講座のスタイル

 メールで質問がきました

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新月の夜である昨夜(17夜~18朝)、印象深い夢を見たのでぜひ先生に解釈して頂きたく、また可能ならユーチューブで解説して頂きたくメール致しました。

その内容というのが、先生が夢に登場して

「×××でこれからは講座をするから、参加をどうぞ」、もしくは

「×××の依頼でこれから講座をするから、参加をどうぞ」と仰っていました。

ただ、この×××というのが聞き取れず、恒星の名前なのかと感じました。

日常意識での言葉に適応するものがない場なのか・・・

先生はどちらで講座をされるのか、解釈をお聞かせ願えないでしょうか?

ちなみに、そこでは先生が夕食のテーブルの準備もされていました。

魚座のサビアン「弟子を指導する巨匠」と「夕食のために用意されたテーブル」そのものという感じです。

料理の味に興味がないという先生が、夢の世界でどのような料理をされるのかもすごく興味があります。

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わたしには地上活動というか地上との接点としては、講座か何か書くということしかありません。しかし自分から自発的に講座をすることはないです。依頼があって、その気になればするということです。

この場合、横からの依頼としては、通常のジオセントリックのチャートなどで、依頼するのが何ものなのかはわかるでしょう。講座は話すということからすると水星。あるいはまた3ハウスで、そこには木星があります。このあたりに対する惑星の横からの通路、つまりアスペクトができたというものです。

天空からの依頼は、恒星からの圧力か、あるいは降下する創造の光線の影響です。この場合、時事的な制約がほとんどなく、オールウェイズになります。

恒星パランなら、水星とベテルギウスのセットがある。で、ベテルギウスの依頼ということなら、うしとらの金神、かめ座の台頭ということで、押しが強いです。

ヘリオセントリックでは、水星にろくぶんぎ座アルファ星、ムーサがあり、これは占星術の極意みたいな話になりますが、比較的地味にこなせます。占星術の各論には入りません。各論に入るとは惑星意識がすることであり、恒星からのアプローチは、「そもそも占星術なるものを作った根底の思想」から見渡すみたいになり、枝葉抹消の断捨離などもするでしょう。占星術にはいらない細かい技術が、茶渋みたいにはりついているので、これを塩素洗剤で洗うのもいいかもしれないです。というのも茶渋があると、もともとのルーツにたどり着きにくくなるからです。

でも黄緯で見ると、水星にはポルックスがいて、ここを使うと、ひたすらたらたらと話をしたりして、うっかり一時間超えるyoutube作ったりします。

実は、どれラインかについては、まだ決めかねています。横からの依頼については、その動機、目的などについて問いただし、依頼者そのものが引っこめるということもいくつか。明確な目的がないものをするわけにはいかないからです。

で、食物ですが、固形物H768に自分を同一化させると、太陽系から出ることができません。しかしこんどは恒星から降りてくると、固形物H768に入り込むことが困難になります。食物呼吸として、取り入れる、排泄するという運動では、今日の世の中では、取り入れることに重点を置きすぎて、排泄するということをないがしろにしています。これはアンバランスです。今の現状から見ると、わたしは食べることより、排泄するほうに六割の気配りをするというのが健全だと思います。おしゃれ盛りを食べるより、おしゃれ出しを考え、インスタグラムに乗せましょう。今日、一週間ぶりに、こんなに美しいものが出ました。見て見て、というような。色も考えないとね。友達の「?」マークに対して、「!」で答えるみたいな。匂わせ映像もいいですよ。

空気は吸ったら吐く。思考は何か見たら、何か発表する。何か食べたなら、何か出す。これがバランスです。どこかのバランスが崩れると、環境に拘束されます。

いかに出すかを設計するために、食べるものを計画するというのがいいです。で、月のステーションでは、わたしはいろんな人に食べさせています。月のステーションなので、H96が低限あるいはH192が低限です。仙人が食べる霞、あるいは知識です。

いろんな場所で、いろんな料理を作り、お客さんに出していますが、出すときの美意識を考えて食材の配合を考える。これは未来的で、進化しているやりかたです。ビールを飲んで、のど越しを楽しむように、出す時の感触も考える。芸術家は作り出すものに大きな労力を使うんだから、それくらい努力しよう。トンネルを抜けると雪国だった、というように、純白になるように器具も掃除する。今日はゴッホ風だなとか、今日は水分が多すぎてラッセンになっちゃった、とか。





2020年9月15日火曜日

20200915 トロピカルの枠をはずすと

 占星術の12サインは、地球と太陽の関係でのみ作られており、これもギリシャ時代以後に始まった地球閉鎖という山羊座の箱づくりに関係するということをyoutubeで説明しましたが、このトロピカルサインをやめてしまうと、じゃあ、サイドリアルにするのかというと、ここにも30度ずつで12にまとめるという、トロピカルと似たような箱があり、トロピカルと違うのは、一か所どこかの恒星位置を基準にするという意味で、偏りがあります。

星座は30度ずつおさまっているわけではない。で、サインとか12区画という箱を取っ払って占星術をするには、コンステレーションとか恒星の影響を、太陽系の中にある惑星が受け止めるポイントを考えるとか、惑星どうしのアスペクトについて考えるとかを重視して、サインの意味については考えず、サインはたんに位置座標を示す目安でしかないと考えることですかね。

例を挙げてみると、わたしが大腿骨の置換手術を受けたのは、8月19日です。このころ、火星はうお座の16.19度。海王星はうお座の18.77度で、だいたいコンジャンクションです。わたしはこの手術は治療と考えておらず、むしろ歩く道具とか補強具を装着したとみなしています。長靴を手に入れた。前に書いたように、本体としての足は別個に存在しています。で、火星と海王星の合なら、夢の中を歩き回る道具かもしれない。惑星ではほかに、冥王星、木星、土星の合がありますが、とりあえず、それは脇に置いといて。

シュタイナー式には、火星はマクロコスモスへの誘い。海王星は、木星のよりサイズの大きなものとみなして、これはマクロコスモスの夢見ですね。あるいはわたしが前から言っているように、太陽系内アカシック空間の散策です。

これが横方向での一致とみなし、次に黄緯においては、火星はマイナス1.66度、海王星はマイナス1.06度で、ややパラレル。ややではないかもしれない。黄緯はかなり幅が狭いので、球体位置を走り回るような範囲になく、惑星の心の狭さみたいなものを感じます。ヴュッフェの中で、いつものものしか食べてないみたいな。わたしが海外のホテルで見た、日本人ビジネスマンが、結局毎日、パンと卵しか食べてないという光景。

で、この黄緯位置に近いものとして、さそり座のデルタ星、Dschubbaはどうでしょうかね。だいたいマイナス1度59分です。火星にちょっと近い。どう発音するのかわからないけど、さそりの頭、あるいは目です。もう少しさそりの頭に近いとベータ星のAcrabになります。地球から見たところでのみ成立する星座。という偏りがありますから、それを忘れてはなりません。死んだら、つまり地球の肉体を捨てると、この星座などというものはいっさい成立しません。

で、Dschubbaは、さそり座が生と死の間を行き来する、いろんな世界との交差点、スイッチを切り替えていくという意味にすれば、その行き先について考える、探求する、入り込んでいくという作用になります。さそりの心臓アンタレスは、交差点機能として、全体のバランスを取ること。そもそも大腿骨は、足がどこかに踏み込んで行く時に、その方向を選択している働きですから、Dschubbaは踏み出す前に、まず考えているとも言えます。

トロピカルやサイドリアルの星座の意味をすっとばして、実星座の意味について考えていくというのも、暫定的には興味深いかもしれないです。あくまで暫定的です。ある段階で、それはまったく無意味になるからです。

アキュレスやアキュメンは、尻尾のほうになりますが、これは去るとき、足を引っ張るものに対する姿勢と考えてもいいです。さそりが死と生の切り替えならば、去るというのは死をもたらすということにもなります。これは何か意味がありそうと思ったものを、意味のないものにしていくということも。死とはそんなことでしょう。これがアキュレスやアキュメンの強烈な批判力、攻撃性などに関係します。何かあいまいにしていたものに対して粛清します。さそりの頭にあるDschubbaやAcrabは反対ですね。

とはいえこれは黄緯の一致で見ていたわけで、横位置としては、この火星や海王星から少し離れた位置には、うお座15度18分にエリダヌス座のアケルナルがある。15度29分には、鳳凰座のアンカーがある。いや、それよりも16度08分のペガスス座のHomamですかね。これらのセットはだいたい意味の再生ということに関係する。壊れたものを治すのでなく、そのどさくさに、新しい意味を発見する。

このように横位置とか縦位置とか、空間位置で重なりを見るという手段は、実はけっこう馬鹿らしいけど、これ以外の方法が見つからないのです。それが貧しさを感じさせますね。型共鳴で考えるべきですが、地球上において型共鳴という方法論はあまり発達していません。それはまだ幼児段階です。

今日の夢は、冥王星に紐づいた部屋を、契約期間をこえて占拠していた人に出て行ってもらって、本来の冥王星部屋を取り戻すというものでした。まあ不当占拠はサインかもしれないし、ここでは冥王星とは外との扉という意味です。外との扉を専門にした部屋というのがあるんですね。なかなか妙です。12サインは12感覚と結びついていると、わたしは説明しましたが、このリンクを切り離してもいいのでは。

というのも、12サインの縛りというのを考える時、まず同心円が何個も重なっているタマネギを想像してください。このうちどこかの範囲の円(山羊座の箱)で、12感覚が連動するように想定されています。ひとつの円としてまるくまとまっています。しかし異なる円から記憶が持ち込まれることはよくある。これは、ひとつの円に対して、他のサイズの円が干渉しており、不規則なコンペイトウみたいな形になるのが自然なのでは。これがアンドロメダ、スピカのマトリクスです。激しい山や谷があって、異なる次元が「聖なる侵入」をしています。今何か聞こえました?いや、聞こえないよ。綺麗なひとつの円の中に住んでいる人には、違う円からのメッセージは聞こえない。しかしでこぼこの山谷がある円に住むほうが、本来だと思う。これを禁止しようとして、山羊座の箱の統一性というものが台頭してきたのです。平地信仰のプレアデスが、なめらかな里を作ろうとしたのです。嵐もなく、台風もなく、ハリケーンも遠い話。







2020年9月13日日曜日

20200913 違法薬物問題

 違法薬物問題について質問が来たので、youtubeで回答しました。

https://www.youtube.com/watch?v=VV7ykkke6xA

たいていの人は、どうして違法薬物を使うのか、理解できないのかもしれません。ここでネックとなるのは、有名になったり、人気になったりした人は、ファンなどの集団圧力が強くなり、ファンの人たちの、人間の鋳型を押し付けてくる圧力が尋常でない状況になった時に、この閉じ込めとか、牢獄のような状態をいかに打破するかということでは、特殊な工夫が必要になってくるということです。あの芸能人が好きですと行った時、この人格イメージに固執し、それ以外の何者でもあってはならないというプレッシャーをかけるのです。それがひとりやふたりでなく、数万人となると、岩に閉じ込められたような感じになる。特殊な工夫が必要なのは言うまでもなく放置しておけば耐えきれなくなり自殺したりする例は最近よく見ますね。アメリカで多くのスターがドラッグづけになるのはこういう事情で、体験しない人には理解のできない話です。

ニコラス・ケイジが一回もしらふになったことがない生活をしている、などということも、理由はわからないでしょう。橋本環奈だと、焼酎飲みまくって圧力を跳ね飛ばしているんかいな。

で、リラックスと、開放。つつましく生きている人には想像もできないくらいの大きな圧力に打ち勝ってリラックスと解放を体験し、ファンからは否定的な働きかけにも平気な顔をしてやり過ごすのに、もっとも安易な手段が薬物です。しかしそれを使わなくても、方法は無数にあります。

基本として、人間は身体に閉じ込められたままでは生きていけない。これはとても不自然ないびつな生き方だからです。生命存在の尊厳を否定したような生き方です。先進国ではアルコールの販売量が激増するという話がありますが、これも解放の方法の一つです。これがあれば何にも要らない、これがあれば死んでもいいと感じるようなひとつの手段でもあれば、違法薬物がまったく必要がないです。

わたしを手術したお医者さんは100キロマラソンとかやってるらしいですが、これは大麻の数十倍効果的というか、強烈です。ただそこまで持っていくのに、労力がかかりすぎるのかもしれませんが、経過も楽しいはずです。

甘いものをドカ食いするというのもあります。でもそれで死んだ人はたくさんいるのでしょう。売れない芸術家で、ごく普通の暮らしをしている人は多数いると思いますが、売れ始めると、だんだんとおかしな状況になっていくのです。牢獄に閉じ込めようとすることに対して、どう打ち勝つかは死活問題になります。非常に多くの人が、この問題をまったく理解できていません。どうしても少数の人の話になってくるからです。


2020年9月12日土曜日

20200912 足は日ごとに良くなっている

手術した腰が気にならなくなり、歩きが日ごとに自然にこなせるようになっています。 二本の杖を使っていた時には、左足をかばうような歩き方をしていたので、癖がついていて、この癖がないような歩き方をするように練習しています。 

 坂口憲二は、数年前に手術したのち、三年間はちゃんと治らなかったという話ですが、芸能人を引退した後、手術したのかどうかわからないです。少なくともネットで検索してもそれがわからないです。しかしサーフィンしているということからすると、あらためて手術したのでしょうか。両股手術してサッカー選手をしている人もいるので、このあたりの詳しいことはなかなかわからない。

しかし舛添さんは、ひとつ手術して、一年後にもう片方を手術したらしく、でも後方式の手術なのか、自動車に乗るときに、ある動きはしてはならないらしい。手術の方法によっては、妙な動きをすると、脱臼の危険があるそうです。 わたしの手術の場合には、どんな動作をしてもオーケーというふうに言われましたが、慣れるまではまだ警戒心があります。
歌手の伊東ゆかりは、手術後リハビリで長く歩けるようになったというのを読んだことがあるし、堀ちえみは元気に歩いているし、コメディアンのだいたひかるは、手術しないで温存治療するらしい、田中康夫は術後もまったく良好、でも、美空ひばりの時代はまだこの手の手術が発達していなかったのか、晩年はずっと車椅子生活でした。あの頃手術する技術があれば、ずっと歌手できていたと思います。エスパー伊藤は手術後、かなり回復が遅いと聞いたけど、その後レポートがない。というふうに、大腿骨損傷の人の例は多いですね。一番興味があるのは24時間テレビの坂本さんが、手術後、また走っているのかどうかです。手術したのは十年前くらいか、しかしその後がわからない。とはいえわたしは走りません。

 オーディオでは、全体の音を支配するのは、プリアンプと言われています。わたしは長い間、マッキントッシュのプリアンプを使っていましたが、ほかにもたくさん試しました。ブルメスターも使ったことあります。 ここ一年くらい、二年くらいは、クレルのKSLを使っていましたが、これはあまり品質のいいものではなかったと思います。その間に、マークレビンソンも使いましたが、印象に残っていません。ごく最近は、ジェフローランドですが、これは小ぶりでありつつ、なんとなく好みにあっているかもしれないです。
あるレベル以上のプリとなると、そうたくさんの機種があるわけではなく、だいたいみな知っているようなものばかりになります。これって、ブランドのバッグみたいですね。あ、ヴィトンね、プラダか、エルメスの例のあれね、みたいな感じです。まったくコスパに無関係な世界です。50万円以下のプリアンプは、音に品がなくて、問題外という感じになっていくんですよ。性能なんて、三万円くらいでも完璧なものになると思うので、あとは雰囲気だけです。プリは雰囲気です。 ただ、毎日楽しく聴けるかどうかは、この雰囲気にかかっています。

 今日の夢では、わたしがオリオンを中心にしようとしていることを、ある人がダンボールにメモしていたのを発見しました。わたしはオリオンメインではないのですが、しかしオリオンを中心にすると、さぞ自由な世界が展開されるでしょうね。プレアデスは管理社会になりやすいので、オリオンのような放任主義は対極にあります。

2020年9月9日水曜日

20200909 朝日カルチャーの講座は11月7日

朝日カルチャーのズーム講座は、11月7日です。


今日も夢では、病院にいます。今日は入院したころから継続しているもののひとつを確認。ここからすると、入院してから、三つのプログラムが進んでいるようで、いつまでも終わりがないような印象もある。トランシットの冥王星が、わたしのネイタル火星を通り過ぎて、次に徐々に金星に接近していることを射程に入れているらしい。 

今日は16センチスピーカーシステムのネットワークを、最初から作り直した。手持ちのコンデンサとかコイルはたくさんあるからね。いままでのネットワークだと、何か緊張感が抜けず、原因を考えて、作り直してかなり改善された。最近数日は、ベートーヴェンの交響曲全集(ウィーンフィル、アンドリス・ネルソンス)にはまっていて、これがバランス良く鳴るためのスピーカーにしたいというところ。アルバムによってバランスがかなり違うのは当然のことでしょう。

 シュタイナーは金星は、ミクロコスモスへの誘いと言いましたが、ここでのミロクコスモスとは、人間の個人が目で見た世界へのお誘いです。つまり日常の生活です。金星色の強い人は、このような細かいことに熱中します。じゃあ、マクロコスモスとは、社会のようなものかというと、これもミクロコスモスです。マクロコスモスは、夢でしか体験できないような種類のものです。

 ある人がメールで、人間の顔形に耐えきれないと言ってますが、この人間の形はまだ生命の形態としてはかなり未完成で、できそこないの段階です。エジプト時代の犠牲の神殿でデザインしたものであるが、それは暫定的であり、これがエーテル体に刻みこまれると、その祖型をもとにして次々とコピーされていくので、いまのように人の形はみな似ているわけですが、これを美しいと思ってはいけない。 で、土、水、風、火の比率は今後も変更されて、試行錯誤すると思う。