2018年10月24日水曜日

20181024 周波数特性の調整

以前使っていたdbxのチャンデバでは周波数特性を測る機能が内蔵されていましたが、アキュのDF-55にはそれがない。しようがないので古いDEQ2496を引っ張り出してきた。マルチは気分で時々どれかのアンプを変えてみたい。するとバランスが壊れるので、こういう装置は必須です。300前後の凹みを修正、1000前後の凸も落としました。高音は1ワット程度のアンプですよ。



わたしはこれけっこう好きなんですよね。大阪は日本地図では腹。やっぱり日本って大阪なんだよ。https://www.youtube.com/watch?v=LpT9_KfUx00


20181024 おとめ座は視覚

12感覚のうちおとめ座は視覚。これは思考の投影であると言われているが、視覚は何かをくっきりと見る時に、くっきり見れば見るほど、こんどは見ていないものをくっきりさせる。そして通常のおとめ座は白黒、虚実をはっきり分離するが、発達したおとめ座は、見えないことで裏に隠したものも意識する。あれを見ていることは、あれでないものを見ていることも同じというふうに表裏が共存すると、おとめ座の縛りから開放された高度なおとめ座になるのだ。で、エーテル体では男は女の、女は男の身体を持つと説明したが、蝋燭の光の中で、鏡を見ている時に、鏡の周囲に、あるいは映し出された自分の顔の横に、そのエーテル体の裏の自分が出てくるというのは、発達したおとめ座を持たないことにはなかなか見えてこない。未発達のおとめ座は、表にある映像以外は存在しないと決めつけ、見えないものが侵入することに強い恐怖を抱いている。ゆえに、わたしはおとめ座の性質とは何か?というときに、恐怖と答えることもあるくらいだ。違う言い方をすると排他制御。裏を意識できる発達したおとめ座は恐怖を克服している。この恐れの問題はおとめ座のサビアンシンボルでは、10度の影の向こうを覗くふたつの頭というものに表現されている。反対側にあるうお座の10度は、この影すなわち雲に隠れてその向こうを旅する。物質の裏はエーテル体という初期段階のあらわれかたのなかでは、この裏を見るという技術が発達すると、そこに天国への階段が置かれていることを発見する。おとめ座は絶対にそれを見ようとしない。しかしもう一度言うが、見ようとしないということは、その態度の裏側では、しっかり意識しており、むしろ誰よりもそれを見ようとしているということに等しいのだ。わたしたちは視覚に支配されていることが多いので、この視覚は常に表と裏を作り出していることを知ると、これを応用して、非常に多角的なことができることを理解する。そして恐怖をうまく手玉に取ると良い。それは開閉弁だ。

2018年10月23日火曜日

20181023 アセンションとディセンション

精神世界ではアセンションする地球については話題に上がっても、ディセンションする地球についてはなかなか話題にならない。ひとつのコスモスは上に無、下に無限があり、この無と無限に挟まれた区画がはっきりしており、ここから外には誰も出たくない。どんどん源流に戻ると、わたしたちは無としての絶対の意識に近づく。このためには分裂・分割を続ける創造に反対しなくてはならずバルベロ・グノーシスのように、世界を全否定していくのが正常なコースかもしれない。人類は混血を繰り返して、どんどん分割魂になってゆき、個人の価値はまさに虫のようになって行きつつあるが、これは無限に近づきたいということから来ている。無と無限は反転しているが同じとみなすことも可能だ。天国の果てと地獄の果ては同じ。ディセンションする地球はどんどん重くなり、個人の力はどんどん薄弱になり、AIに乗っ取られるが、無限に近づくことで無に近づこうという計画の線上にあるもので、停滞でも堕落でもなく、「理論上はわかっているが、実際にこの先進めるとどうなるんだ?」という感じで進んでいる。この計画はあまりにも酷なので、嫌な人は早く逃げ出すべきである。ディセンションする地球について、ドストエフスキーは夢うつつで考えていた。かつて、オリオン種族は戦いと分裂を繰り返したと説明されていたが、この古い説をそのまま真に受けたのはリサ・ロイヤルでもあるが、ふたご座とオリオンが重なっていた時代があるからかもしれない。ふたご座は3の数字で、それは創造と分岐を果てしなく続ける性質であり、この無限の闇に対する憧れの気持ちを持つケースは多い。あらゆるものは無価値でゴミ。ふたご座はこういうことを言われると最高に気分がいい。シュタイナーはオリオンは融合の印と言うが、無と無限の関係を考えると、分裂と融合は同義語。シュタイナーはオリオンをかに座と考えていた。ディセンションの目的で、男女の区別も作ったということを理解してほしい。プラトンはこのことに詳しい。知恵のある人。

2018年10月22日月曜日

20181022 日本を世界中の統治国に

子供も生まれないし、年寄りは死なない。日本はこれから人口がどんどん減っていくのはとても良いことだと思われる。で、日本はやはり蓬莱国に戻るのが良いよ。徐福は秦の始皇帝をだまくらかして、日本に逃げたが、あながち嘘でもない。日本は未来世界のテストケースとして使われる。この場合、まずは世界中の国が、日本のどこかを自分の領地にして、世界が日本に集まり、日本が世界の縮図になるといい。日本特有のものは、ごく小さな区域にまとめ、それ以外はすべて諸外国の持ち物。オーストラリアはやはり四国をぶん捕る。そこには空海とアボリジニーが住むべきだ。で、そのように世界中が日本にエーテル体を置くと、統合化された上位のものが日本に宿ってくる。日本が日本固有のものを主張した場合にはこんなことは起こらない。日本は日本固有のものを最後の一滴まで捨てるべきなのだ。歴史も伝統もすべて捨てよう。とはいえ、これでは地球がアセンションしたものと、ディセンションしたものに分かれるということとあわない話ですね。統合化された日本はアセンションした地球にあり、日本固有性を主張したものは、ディセンションした地球にあると考えると良い。秦氏も多くの旧家もこの悲願のために日本に渡ってきた。北方領土を取り戻すとかの話をしているが、ロシア領にしたほうが良いです。和牛はオーストラリアで育てると良くて、オーストラリアの特産品にするべきである。

2018年10月21日日曜日

20181021 女性はおじさん

物質肉体で女性だと、エーテル体ではたいてい男性になりやすい。これは物質体とエーテル体が裏表のように見えているから。現実にはエーテル体は裏ではないし、物質体とのツインでもないが、物質体重視という世界観では、このようにエーテル体は裏的に見られやすい。でも物質体は一瞬で死ぬし、エーテル体はずっと生き残るので、物質体がプライドを持つというのはあきらかにおかしな話で、いったいどうしてこんな異常な発想になってんの?と思います。それはともかく、肉体として見た女性は、エーテル体ではおっさんです。人を平気で殴ったり蹴ったり、人にガン飛ばしたりしています。反対にがちむちの男性は、エーテル体ではかぼそい女の子です。大切にしてあげないとすごく傷つきますよ。肉体とエーテル体は時間の進行が反対なので、子供の時エーテル体は老人で、肉体が老人になると、エーテル体は元気な子供。ベンジャミン・バトンです。だんだんとおじさん化してくる女性は、エーテル体がより強くなったと考えるべきかもしれません。エーテル体が弱く、肉体レベルでの女性ということを過大重視すると、女性性にこだわるかもしれませんね。結局最終的には、物質体とエーテル体がひとつになって、女性とか男性とかそういうものはないということになるのが本来性です。地上生活においては、生活に活気を持たせるために二極化が必要で、このために男性と女性を作ったのです。この性別を作り出したのはひとつの実験であり、アトランティス後期にセラフィムがその実験を推し進めたのですが、残酷すぎるとして非難ごうごうでした。その後、さらに女性をふたつに割るということが行われました。分割というのは常に地獄に落とすというようなものなので、悲惨で残酷ですよ。性差を作った時、こんな痛ましいことをして、その意図は何か?と多くの大天使から問われたけど、もちろん世界をもっと多様にしようという意図に違いはありません。

2018年10月20日土曜日

20181020 Jensen

JensenのC8R-8の箱入りをヤフオクで手に入れました。これに6BM8の三結(最大出力1.5ワット程度)のアンプを組み合わせると、なかなかいい雰囲気。昔のラジオの音。radiko聞くのにいいですね。MilesDavisあたりもこれがいいです。4ウェイマルチのミッドバスにrotelアンプを使っていますが、なんとなく気になる。rotelアンプはいままで10台以上使いましたがやはり癖が強い。ユニオンのお店の人は、ローテルはひずみぽい音がするのであまり扱いたくないと言ってましたが、確かにそういうトーンですね。ひずみはないが、ひずみぽい音に聞かせてしまう。でもわたしはrotelを長く使っていたので、ローテルユーザーであり、ローテル全廃もしたくない。4ウェイには組み込まないことにして、違うセットに使うかな。どれかひとつは使いたいんですよね。C8R-8はダイヤトーンのP-610に似ていると言う人がいますが似てないぞ。中学生のころ、パーマネントスピーカーよく使いましたが、こういう時は箱なしで裸で鳴らしていました。C8R-8はそれを思い出すんですよ。

20181020 舞踏はH24

ダンスをするとH12が強まるのかということを聞かれましたが、H12、高次な感情、アストラル体は個人性がないので、個人の動作などによって強まることはありません。つまり開発のメソッドはないということです。ダンスは動作に関係し、これは動作・本能センターのH24を強めます。フラメンコはずいぶんとH96が濃いなと思いましたが、濃い悪意や恨みに近いH96を、フラメンコはH24に変換するのです。つまりH96を食料にしています。ロマの洞窟でそんなことをしていたのです。癖のある動作は癖のあるH24を作り、それは上昇するのに障害が出てきますが、癖を矯正した動作は昇華可能なH24となります。つまり蓄積されるとH12の温床となるのです。H12は個人性がない。ということは、個人性を意味する癖は、H12につながらないので、H24動作練習では徹底して癖を取り除くといいでしょう。癖を矯正した動作とは、つまりはうまく作られた舞踏です。それを習得することに多くの人は苦しみますが、この練習の中で個人の癖は減らされます。その中で形成されていく癖ではない個性とは、H12のアーキタイプの鋳型に通じていくのです。アーキタイプの個性には個人性がありません。癖と個性は違うということをはっきりと認識する必要があります。考え事をするのはH48で、考えこむ人は、リズム感もなくなるし、動作の癖もひどくなり、まともな舞踏ができなくなります。動作の癖は思考の癖で、また感情の癖です。わたしは日本国憲法図では天王星がふたご座の22度にあり、これは田舎踊りというサビアンシンボルで、日本がエーテル体(H24)を思い出すには、田舎踊りをすると良いと言いました。田舎踊りは単調であるのが良くて、よさこい踊り、阿波踊り、そして日本の国民性にしごく似合っているパラパラがいいです。DA PUMPのUSAはどうなのよと思いましたが、すぐに廃れるはずなので、話題にしないほうがいいかもしれません。腰を叩くのをKARAパラと言いますが、これはずっと続くリズムにちょっと妨害になるので、それよりも単純なパラパラのほうが優れているでしょう。単調な動作が続くとトランス状態に入りますから、理想の舞踏とは阿波踊りではないでしょうか。北海道を頭にすると、腰あたりは高知で、動作センターの腹から腰ということを考えると、よさこい踊りも良いね。東京駅などで、フラッシュモブパラパラなどすることは国民性をまとめるのに良いかも。アホ(阿波踊り)ちゃいまんねん、パーでんねん、ということで言うと、ともかくパーで。