2022年8月11日木曜日

20220811 9月3日に、月のノードの講座します。

案内文は、

「 地球から、金星までの階段は、

地球、月、地下のシャンバラ、月のノード、金星、そこから恒星へというのが、おそらく一番スタンダードなものです。
これはウィトルウィウス的図像においての、ムラダーラチャクラの腰から、マニプラチャクラのへそまでのルートです。
そしてまた、これはクンダリニが、マニプラチャクラまで上昇する段階です。
ドラゴンヘッドは、前世を意味するのかという質問がありましたが、これについては、正しい、いや違うという微妙なところがあり、これは地球に生まれてくる時に、集合魂としての日食の類型アーキタイプ、この時にはまだ男女がない、というところから、
男女に分割され、地上に生まれてくるのですが、この半欠けを取り戻すのに、ノードが役に立つからです。
それは失われたものを暗示しています。
つまり、それは前世みたいな感じもあり、今の自分の半身、この言い方がお好みなら、ツインの姿を示します。
ただしくは前世ではありません。
シャンバラは、地球内部においての金星の支部です。」

申し込みは、
です。


2022年8月10日水曜日

20220810 冥想と夢見(13)を掲載

 冥想と夢見(13)

https://note.com/lockwood/n/nb1a28ead3496

まだクンダリニの話。白と赤の脈流について、もう少し詳しく。これは血液が、体外に出ようとするという話を読んで、そもそも血液は、身体から外に出ようとする意志はなく、いつも内臓とか身体内の器官をめぐることに忙しい。シュタイナーが血液と神経を切り離すと、血液は、霊的な知覚を持つようになるという話だが、しかし神経から切り離しても、血液は、体内にじっとしている性質があり、霊的な領域との道筋がないかぎり、そこに向かおうとはしない。それにもかかわらず、血液が外に出ようとすることがあるとすれば、それを誘発するように、白い脈流が裏で誘導しているのではないか。

ウィトルウィウス的図像では、歩いている時に、人は四角の枠の中にあり、この時、中心点は腰だ。走るとき、人は円の中にあり、この時中心点はへそ。地球と金星の軌道の比率は、だいたい黄金比になっており、地球から金星へ、というシフトは、クンダリニが、ムラダーラチャクラから、マニプラチャクラに飛び出すことに似ている。1:0.618は、地球と金星の関係だが、これを地球内部にあてはめた時、0.618地平は、シャンバラになる。シャンバラは、地球の中の金星なのだ。マカバが離陸する時、つまりクンダリニが覚醒するとき、地球、シャンバラ、金星というルートを考えるといいと思うが、しかし、赤山禅院のエニアグラムから考えると、地球、シャンバラ、月のノード(ふたつ)、金星ということになる。

夢の中で、ドイツ軍が登場し、これがアルヴァン・ベルクの全集を人間発達の教則本にしているという内容が出てきたのだが、パロディ映画で、第三帝国は月にあるという内容のものを見たことがある。そもそもこの軍は、シャンバラを探していた。月の第三帝国というより、月のノードのほうにしてほしい。

2022年8月2日火曜日

20220802 冥想と夢見(12)を掲載

 冥想と夢見(12)を掲載。

https://note.com/lockwood/n/n44288509cd8d

7月30日のzoom講座の内容を、もっと詳しく書いたような内容。クンダリニの開放効果というのは、結局左のイダの道ではないかと思う。生命の樹では、これは金星、木星、海王星へと上がっていくのだ。形がなくなって、無限に広がっていくような実感を感じることになる。生命の樹では、右の道は降りて、左の道は上がるという特性があり、アルゴルと結びついた、メドゥーサの生命の石化は、右の道であり、石を生命に戻すというのは、左の道だ。フラワー・オブ・ライフでは、複数の生命の樹が、果樹園のように植えられており、左の道というのは、左側の生命の樹においては、中央の道と解釈される。この左の生命の樹を、金星的生命の樹と考えると良い。その場所でできるマルクト、すなわち物質肉体は、あきらかに、この今住んでいる地球においての肉体とは別個のものとして形成される。そして、これは今の地球をおとめ座地球とみなした時、となりのてんびん座地球のボディだ。押さえつける圧力が弱いので、どうしても、身長が数十メートルくらいになるが、そこでは全員が同じなので、みな、このサイズが普通だと思っている。この地球に来ているのかというと、いつでも来ている。この地球に住む人には見えないだけだ。彼らと出会うには、目を瞑り(おとめ座視覚をオフにして)、てんびん座の拡大する触覚で、輪郭をトレースするといい。つまり、てんびん座地球のボディとは、クンダリニのボディだと考えてもいい。

7福神の話が面白いので、これをもっと広げたい。これは夢で、警官が、恵比寿駅の行き方を教えてきたのだ。クンダリニの骨盤底筋は、りゅうこつ座みたいだと思い、カノープスの福禄寿がクンダリニ拠点だと考えたが、(黄緯の下のほうにある)、恵比寿は、この福禄寿の仲間で、7福神なのだ。複数の恒星は、それにふさわしい着地点、すなわちクンダリニ拠点がある。みんな同じではない。わたしは恵比寿系。わたしは福禄寿系。わたしは弁財天系。こういうふうに分類すると、面白いのではないか。夢の中で、警官は恵比寿駅を教えてきたが、わたしは知ってるつもりで、あまり詳しくなかった。実際に行こうとすると、恵比寿駅には着くことができなかった。警官はAコースと言い、この曲がり方を教えてきたのだ。夢の中では、「さっき教えましたよね」と言っていたが、確かに、わたしは眠る前に、ミディアムランドで、縦に長い卵のような存在がいて、場所を細かく指定していたのを思い出した。「さっき」というのはほんとうにさっきだったのだ。

クロウリは合計4つのムラダーラチャクラを指定したと思うが、実際には、7つありますと考えるのは面白い。



2022年7月24日日曜日

20220724 冥想と夢見(11)を掲載

 冥想と夢見(11)

https://note.com/lockwood/n/na242473d2376

チャクラと、7つのコスモスを重ねて考える。さらに、ユクテスワの12サインと、チャクラと、12感覚を重ねて考える。たとえば、第三チャクラ、マニプラチャクラに関しては、これはメゾコスモスであり、また運動感覚のいて座、聴覚のかに座を重ねる。これを考えた時、音楽を聴きながら身体を動かすというのは、野口整体の活元運動そのものではないかと思った。この場合、随意神経でなく、不随意神経、すなわち自律神経が、音楽に乗せて、開放されるのであるが、だいたいにおいて、トランス状態になる。というのも、随意神経が支配している動きは、バレーのようなもので、型が決まっており、意識的な管理が必要で、変性意識には決して入らない。音楽に乗せて、自律神経が勝手に動くのは、北村サヨの無我の舞のようなものだが、北村サヨの場合、神様は肚に降りてきた。つまりマニプラチャクラだ。この運動、舞は、メゾコスモスということからすると、つまりは惑星の自転、公転であり、それが正確な円回転をするのは、太陽があるからだ。デュートロコスモスの太陽、すなわち第四チャクラが働かないと、マニプラチャクラの運動は、でたらめになる。

2022年7月16日土曜日

20220716 冥想と夢見(10)を掲載した

 冥想と夢見(10)

https://note.com/lockwood/n/n5c18c76d31bb

アルシオンとアルゴルの関係をまたあらためて書いた。アルシオンは世界を作り、アルゴルは、それを「石化」するので、現実味が強まる。クンダリニは、体外離脱を誘発しやすいが、ロバートモンローは、通常の体外離脱でなく、新しい世界を作り、そこに飛び出しているのではないか。それを体系化した段階で、「道」となり、ヘミシンクを使う人は、みなこのモンローの創造した世界を旅しているのではないか。

テレビで、旧統一教会の話題が出てきてから、わたしも少しずつ思いだした。たぶん、わたしも何度か勧誘されたと思うし、街頭の占いをしている人たちは、渋谷では、ほとんど教会の信徒に追い出され、この信徒が占いをして、客を教会に勧誘することが多かった時代がある。信徒でない人が占いをしていると、数人で取り囲み脅しをしたという話は聞いた。で、わたしもビデオを見た。しかし、興味を持つことはできなかったのだが、テレビで見ていると、教会の教義は単純だ。この単純さが重要なのではないか。つまり、催眠とか洗脳は、単純な暗示を繰り返し、自律神経に働きかける。すると、人はこの自律神経の自動運転には逆らえない。

というのも、そもそも一般の生活というのは、これも催眠下にあるものであり、自己想起というのは、この催眠下での「人間機械」から抜け出す努力なのだが、催眠状態に、さらに新しい催眠を上書きするのは、そう難しいことではないのかもしれない。催眠とは、「世界の新しい見方」を植え付けることなのだ。では、ヴィパーサナ瞑想とは、催眠から抜け出し、現実をありのままに見ることなのかというと、このありのままの現実というのが、まずは催眠下にあってはじめて認識できるものなのだ。この催眠を解くと、ぞっとする暗闇を見る。真のヴィパーサナ瞑想をすると、この飾り気のない無の空間を目撃する。

2022年7月10日日曜日

20220710 7月30日に講座します。アンタレス、アルシオン。

アンタレス、またこの異次元に入りこむには、
アルシオン、アルゴルの協力が必要ではないかと。
クンダリニについて。
毎回、ひとつのテーマに特化しにくいのではないかと。

2022年7月7日木曜日

20220707 冥想と夢見(9)を掲載した

 冥想と夢見(9)を掲載した。

https://note.com/lockwood/n/n7f71c8326568

今回は、アンタレスについて書いたが、それと前回のトゥバンと密接な関係があるからだ。トゥバンを1ハウスにすると、アンタレスは4ハウスになり、アンタレスを1ハウスにすると、トゥバンは10ハウスになる。で、トゥバンも、アンタレスも、現代の、今日的世界観においては、だいたい異質で、それはエジプト時代まで戻るか、それとも、ずっと未来のロシア文化期(AD3466以後)までいかないと、現実味がない。

でもこの時間周期にこだわることなく、恒星マトリクス人間は、どんどん取り入れるべきではあるまいか。アンタレスの9区画は、もちろん、もうひとつ次元を落とすと、惑星9つのマトリクス図になる。これは、わたしが何十年も、お絵描きの時、タロットスプレッドなどでも、頻繁に使っていたものだ。でも、惑星は使い切った感があり、恒星とか銀河で配列する形のアンタレスは、フィットすると同時に、ディープさも強く感じる。異次元とのつながりを考えると、この異なる次元とのつなぎ目は、やはり意識喪失したり、「わたし」が消えたり、次の新しいわたしに繋がらなくなったり、またサマタ瞑想やサマディが、より激しさを増してくる。