5つの生命の樹とパスワークを掲載した
https://note.com/lockwood/n/nccfc938ac472
ヴェシカパイシスの中に、ラーの目がある。ウアジェトの目といってもいい。これは半径45度の円であるとみなすと、目の焦点に、強烈な力が集中することでもあり、ラーが管轄する世界を設定し、さらにくまなく見渡すということをしていく。ラーの目が行き届かない、地上的なところは、ウアジェトの目が光っているが、地上に興味を向けすぎて、一時的に、ラーの目から離れてしまった経緯がある。
5つの生命の樹とパスワークを掲載した
https://note.com/lockwood/n/nccfc938ac472
ヴェシカパイシスの中に、ラーの目がある。ウアジェトの目といってもいい。これは半径45度の円であるとみなすと、目の焦点に、強烈な力が集中することでもあり、ラーが管轄する世界を設定し、さらにくまなく見渡すということをしていく。ラーの目が行き届かない、地上的なところは、ウアジェトの目が光っているが、地上に興味を向けすぎて、一時的に、ラーの目から離れてしまった経緯がある。
5つの生命の樹とパスワーク(2)を掲載した。
https://note.com/lockwood/n/n23e3e755d9bd
youtubeで話している内容は、全部、ここに書かれているもので、ここ数日で、話題にしていたのは、生まれた時の受肉の自我は、アセンダントだが、その手前に、生まれる前に個人自我を取得している人は案外多い。こういう場合、物質の組成の前の、濃いエーテル体のところで、すでに明確な視覚意識とか、見えないものが見える状態になっているので、ゲニウス・ロキなどとのしつこい関係に巻き込まれやすい。これはNHKのドラマの「岸辺露伴は動かない」の内容に近い。四辻を何の気なしに歩いているだけで、四辻の神様にからまれるのだ。これはわたしが走っていた時、紀国坂で、のっぺら坊に絡まれて、記憶が飛んだのと似ている。この出生前の自我意識は、Bの樹と、Dの樹の各々マルクトにおおいに関係する。
12サインの、おうし座思考感覚と、おとめ座視覚の関係。視覚は、思考をそのまま映像化する。またおうし座の思考感覚は、90度のみずがめ座によって書き換えられる。みずがめ座は、いまここにない未来ヴィジョン。それが過去のおうし座の資質を改造する。ヴェシカパイシスの中の、みずがめ座、うお座、おひつじ座、おうし座の関係などについて考える。異次元に移動するには、おうし座の中に埋め込まれた思考を書き換えする必要があるので、おうし座、その支配星の月の研究はとても重要だ。
今回からタイトルを変えて、5つの生命の樹とパスワークにした。今回は(1)。
https://note.com/lockwood/n/n9d92ab0e008a
フラワー・オブ・ライフの生命の樹を最低限、5つと考え、これにかかわるパスを扱うが、あまりにも多すぎるので、近場を少し。ひとつのパスでも、いろんな出方をする。たとえば、水星と金星のパスは、16塔のカードだが、太陽の円の水星と、金星。太陽の円の水星と、月の円の金星。月の円の水星と金星。月の円の水星と太陽の円の金星。それに水星から金星と、金星から水星など、方向を変えると、大きく内容が変わる。ヴェシカパイシスには、6つのパスがあるが、横のラインを行き来すると、自動的に、縦のラインが開けるということもあるのではないか。(錠の鍵穴を横から縦に回す。)
後半、巨大ヴェシカパイシスのアイデアについて書いた。これは生命の樹の上と下が、ヴェシカパイシスの長い寸のほうになり、すると、太陽(アナハタチャクラ)の位置に、短い寸の水平線ができて、これは上と下を思い切り拡張した段階で、A太陽とE太陽をつなぐラインになるのではないか。
冥想と夢見(26)を掲載した。
https://note.com/lockwood/n/n4d9ed90bae63
占星術で、予言をする時の仕組み。占星術だけで、予測、予言は不可能で、そこに、フラワー・オブ・ライフの左の樹(Dの樹)の介入が必要だ。それは霊感、スクライイング、夢見などで引き出す。でも、そのためにはDの樹が、この世界のCの樹に関心を持つ必要があり、興味がない場合には、乗ってこない。
月の円は、6つの円が関わっている。占星術で使う月は、この6つの円について考えるわけではなく、このうちひとつのラインのみを考えるのではないか。月の年齢である0歳から7歳までに、別宇宙の記憶などがたくさんあるが、これらは成長するにつれて封印されていく。あらためて、それを思い出すと、驚くようなものがたくさんあると思う。サインの支配星を変更する。おひつじ座は冥王星、さそり座は火星。おうし座は月。かに座は金星。この組み換えをすると、月、水星、金星、太陽の年齢域は、そのまま、おひつじ座の冥王星から始まり、おうし座、ふたご座、かに座、しし座と連続する。冥王星は0歳ということになるが、外宇宙の記憶が残り、これが2歳とか、3歳までの前世記憶などになることもある。これを「燃える柴」と説明した。モーゼが見た燃える柴の中に、天使と神があらわれたが、これは月の時代の前の冥王星との接続部分だ。
冥想と夢見(25)を掲載した。
https://note.com/lockwood/n/nad555257cf4b
生命の樹の各々惑星に自我を持たせると、ひとつの生命の樹では足りなくなり、5つの生命の樹を意識せざるを得ない。この場合、左にある生命の樹は、金星が中央の柱にある樹だが、(youtubeでは、シリウスの樹と話した。)これを常に意識して、いままでの通常の生命の樹と、半々の生き方をするといい。この関係は、90度で、異なる次元を見る時には、この90度視線が重要だ。仏教が伝来してから、陰陽中和の考えが重要視されているが、ここからすると、陰陽極端な落差を好む縄文意識も、90度の関係で、これはあたかも空間の亀裂のようなところから、垣間見ることができる。渋谷のスクランブル交差点を、縄文の海の底と、書いたが、90度視線で見ないと、これはわからない。無意識に人はこれに影響を受けるが、しかし直視すると、それは存在しない。90度視線とは、結局視界の端っこで捉えることなのか。いつも意識しているのに、あたかもそれは存在しないかのように扱うのは、教育によって、そのような姿勢を促されているからだ。グルジエフの自己想起は、第二のわたし、第三のわたしなどを作って、そこから見た光景を印象の中に加えることだが、最初に、90度脇にいるわたし、というのを設定するといいのではないかと思う。それは左の生命の樹の視線だ。
冥想と夢見(24)を掲載した。
https://note.com/lockwood/n/nacf7193991d0
横線、縦線、距離という3つの要素に、型共鳴という時間意識を乗せることができるが、たいていの場合、3つの要素のうち、ひとつを世界線として認識することが多く、3つの要素全部に、さらに、型共鳴自身に独立して世界線を考えるというのは、かなり難しいことになるのではないか。しかしこれを「多四体」とも言う。多四体を考える時には、フラワー・オブ・ライフの中の生命の樹の、各々惑星を自我とみなすことも必要で、ひとつの生命の樹では、右の柱、左の柱に配置された惑星は、それを自我(円の中心点)とみなすことができないので、結果的に、右と左の生命の樹を組み込むことになる。するとこんどは、まったく知られていない未知の世界というものも、たくさん紛れ込んでいることになり、これらをいちいち探索するのは、ほとんど不可能に近いが、むしろ、「行きつけの異次元」というものを考えるといいのではないか。わたしは月のステーションを考えた時、だいたいいつも決まった場所にしか行かず、未踏の場所がけっこうたくさんあった。
1は、わりに、テーマを決めないもの 2は、はっきりと目的特化型です。 しかしわたしからすると、1のふわっとしたものでも、結果的に、はっきりした方向に誘導するものになるのではないか。単なる雑談というのができないからです。このふたつは、ひとつにまとめられないし、まとめないほうがいい...