2020年10月16日金曜日

20201016 湖面を横切る月

 メールで以下のような文章が来ました。

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昨日の動画を拝見し、最近見た二つの夢と夢の客観性について思うところがあったのでご連絡してみました。

まず9月25日の夢ですが詳細は割愛しますが、松村先生ご本人が出てきて「冥王星の度数に注目するように」と指摘を受けました。私のジオの冥王星は数えで蠍座8度”湖面を横ぎって輝く月”です。

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冥王星は太陽系の外との扉として働く。ということは太陽系サイズの山羊座の箱の内部ではわからない客観的な情報が与えられると見てもいいのでは。で、このメールの人の、さそり座8度は、7度の落差、二極的な葛藤から一歩離れて冷静な視点を持つということで、これは見る、見られる関係に対して、第三の視点を持つということにも通じる。つまりさそり座の8度は、自己想起にも似ているはず。

自己想起というのは、見る、見られる関係の癒着から離れるという意味で、ちょっと視点を変えるだけで、いままで見えなかったものが見える。7度の潜水夫は、関係性の渦中にあり、圧力を実感しているけど、そこでは自分が置かれた立場が見えてこない。

さそり座は生命感覚なので、密度感とか、波動の中で見えてくるもの、作られるものがほかのサインより、より強く理解できる。

冥王星は外との扉ということは、この太陽系環境の中で、この人は、この冥王星があらわすような能力を付与することができるという意味。環境の中での押し合いへしあいのなかで相対的に決められる役割、能力でなくということだ。冥王星は一方的な押し。つまりは相対的関係の中で作られたものではないということ。

しかも重要なのはジオセントリックで考えていること。この地上環境の地点に立って見ている視点。たとえばわたしの場合、しし座のお手紙を持ってくる鳥のサビアンですが、この場合お手紙は、太陽系の中で書かれたものでなく、太陽系の中から考えると想定外の、青天の霹靂の内容。こういうのが冥王星です。地上環境で見たうえで、なおかつ外から持ち込まれたもの。ヘリオセントリックだと、太陽からすると想定内の内容であるということに。というのも太陽は、太陽系の外の恒星と同格で、だから太陽系の外から持ち込まれたものに対しては、最初から想定内。

ということで、湖面に浮かび上がる反射映像(月の)は、環境の中にあるかぎりは決して見えてこないものが浮上してくるので、それは根底的なものでは。

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かなり具体的な夢でしたが、これを見た理由として最近、これまで以上に自己想起を進めようとシータヒーリング系のノウハウでガンガン自分の内面を深堀していたためだろうと考えていました。もう一つの夢は10月8日に見たものです。この夢では量子力学系の技術を使ったエネルギーの高い温泉宿に泊りに行くのですが、その温泉でインクレディブルガネーシャカーリーマントラ氏に会いました。するとインクレディブル氏は「あなたの皮膚の内側にたくさんの“妄想”が膜のように溜まっている」と言うのです。

そこで自分自身の体を見てみると“青白いくすんだ色の光”が皮膚のすぐ真裏に張り付いていることを発見しました。直感的に、この膜がいろいろなものを阻害していることもわかりました。

この二つ目の夢の内容がかなり重要な気がしたので早速、夢で見た青白い妄想膜は一体なんなのか?ということを自己想起していくと、なんと祖母が抱えていた「戦争とアメリカに関する負の感情」であることがわかりました。 

驚いたのは、まだ存命の私の祖母は私にそのようなことを言ったことはなく、また私自身はもちろん戦争未体験の人間ですので、まさかこんなことがあるものか?という感じでしたが、この想起が起きた時の身体的反応は凄まじもので、3分ほど体の激しい震えが止まらず、息ができなくなるかと思いました。

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これこそ、冥王星の度数の湖面を横切る月が見ることのできたものでは。この人は、年齢的にまだ二十代終わりから三十代初期なので、常識的に言うと、母親系の持つ感情、妄想の膜の中から逃れていない。伊丹十三は五十歳になってはじめて母親の影響から自由になったと言っていたけど、男性の場合、そういうのが普通では。

親が抱く価値観に包まれると、根拠のない自信なども生まれてくるけど、実社会の中で働いている時に、その手のものは脆くも崩れ去る。自信があるのに無能というのは、母親の呪いのおかげかな。で、わたしの母親は広島だったので、このアメリカとか戦争に対する感情はかなり強く、そもそもが学生の時に親友が目の前でグラマンの機銃で血だらけで死んだというような経験をしており、「この世界の片隅に」とほとんど変わらない体験をしている。というより、わたしもあの映画見て、あの山って、自分の親がいた場所だとわかった。あの坂も記憶にある。

なので、私の場合、二十代は、アメリカと戦争に対する、根拠のない否定感情があったけど、ある日、これは自分のものではないなと気がついた。あきらかに母親由来のもの。このことに気が付くと、「母殺し」ができます。祖母殺しは、さらに根深いところに取り組まないといけない。わたしの場合、父殺しは高校生の時にすでに進行したけど、そういう人は、こんどは反対に母殺しは先延ばしされたりします。しかし立方体の中心に行くには、六つのアーキタイプすべての獲得が必須です。

で、自己想起は、最初は個人の妄想から脱却するけど、これも何層もあり、それを完了させると、次は集団意識、民族レベルの自己同一化から自由になる段階に進みます。自己同一化している人に、何か判断してくれと言っても、そもそも縛られているので、判断する段階にないので、その人には何も意見は聞けない。日本ってどうですか、と聞くには、まず日本への同一化から離れている人かどうかを見ないといけない。

今の日本の政治家を見て、この日本への無意識的同一化から自由になっている人はほとんどいないことが見て取れる。今の総理大臣にしても、同一化が激しすぎて冷静さがないので、ほんとに危なっかしいです。政治家は「感情で生きる生き物」というのは昔から言われていますが、感情で生きるというのは、無意識的に自己同一化していることに気が付かないという意味でもある。そういう人が政策を決めるというのは、けっこう怖いことではないですかね。

恒星探索の場合、もちろん、それ以前の個人、社会、集団意識、民族的なもの、太陽系の範囲にあるものなどの自己同一化が深いと、それが足かせになって、恒星に行きつかない。鉄の鎧を着ている人に飛べと言ってもそれは無理。

何かに自己同一化しているというのは、その何かに捕獲されているということで、こういう人が、宇宙に飛び出すと、確実に、その何かを象徴しているものに捕まり、その先に行けなくなります。でも、最近、この捕まえてきたものを保護者とみなすことも可能ではないかと、言い方を変えようと思いました。その先に行こうとすると、その人はとりかえしのつかない破損をする。つまりその先に行く権利がない。だから、同一化しているものに止められる。人類とか民族は守護する大天使がいますが、守護する大天使がいる人は、実際の問題として、恒星には行きつかない。お前はここまででやめとけ、ということでしょう。

アニメとか、宇宙に関する物語で、悪い宇宙勢力というような話を作り出す人がいますが、これは同一化しているものがあり、それに支配を受けており、つまり保護されており、実際の宇宙には行けないようにロックがかかっているということでしょうね。目の前に膜があって、飛蚊症のようになっている。真実を知ってはいけないよ、と。

わたしの今日の夢では、軽い靴が欲しいと言ってたけど、すでに赤い靴は買っていたことを思い出した。それは玄関に置いてあったけど、まだ一度も履いていない様子。朝目が覚めて後に思ったけど、赤い靴って、これはやはり薔薇の絨毯の素材を切り取って作ったのかな。これだとチベットの時代の時と同じだ。(チベットの時代、塔のてっぺんで、赤い羽根の靴を履いて暮らしていた。)



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