2020年10月18日日曜日

20201018 夢でサビアンシンボルを教えるというのが多発

 いろんな人の夢の中にわたしが登場して、サビアンシンボルについて話しているというのが多いらしいです。サビアンシンボルを一度解体して、象徴と具体的な事物性を切り離し、もう一度、その人の身近な事物性に結合しなおすというのは、今日のyoutube動画でもいいましたが、この場合、

ヘリオセントリック、迷路の中に住むジオセントリック。つぎに、下降、上昇の順番とか、こんどはアスペクトのリンクなどで組んでみるとか、いろいろあるのでは。

わたしは恒星から降りてきた人は、土の元素には降りることがなく、せいぜいその上の水の元素を着地点にすると言いましたが、この水の元素のバリエーションの一つが血であって、血の海、血の川に降りていくということです。薔薇の絨毯と言い換えてもいいです。リリスはアダムのところから去ってのち、血の海に住んだと言われていますが、低次エーテル体のことです。なんせ血は魔術儀式によく使われていましたが、のちに人道的でないという理由で、薔薇に変えられました。薔薇の成分は驚くほど血に似ているという理由です。

で、今日youtubeで題材にした人の話ですが、

https://www.youtube.com/watch?v=th9tM73XW_0

この人の場合、天王星とかあるいほかの惑星のサビアンシンボルが、夢を記憶しやすいとか、夢を知識の源流にしているというタイプで、何か考えると眠くなって寝てしまい夢を見て、回答がわかったというものです。

夢を見ても、朝起きたら、記憶が失われてしまうという人は多数いますが、これはその人のタイプというよりも、基本的には、アストラル体、エーテル体のグループに対して、物質体が断絶があり、同期をとりにくい。これは個人の能力が理由ではなく、ジオセントリックでは、惑星が逆行しているなど「も」関係します。「が」でなく、「も」です。

地上に降りてくると、もう度数とか位置が違うというもので、夢の記憶を持ち込めないのです。地上ではガラパゴス的知識で埋められており、天空から来たものは受け取らないとか、遅れるとか曲がるということです。

記憶が失われる人は、まずは月のステーションにいる自分というものをもっとちゃんと確立する必要があります。水晶、黒曜石、血の海の上にいる自分。

ギリシャ神話にはたくさん偏見がありますが、ヘラクレスの持っていた毒矢があたってケイローンが死んだというのは、どうみても話が反対で、毒矢はケイローンが持ち歩いているものですね。ギリシャ神話はヘラクレス重視しすぎていて、これが物質主義主流になったことも関係しますね。

象意と、事物性の分離と再結合は、夢と起きた後の解釈の新しい結合と言う意味でもある。

みずがめ座の時代という時、星座のみずがめ座のことを意識していると思うのですが、春分点がみずがめ座に入るというのは、いつなのかまったく不明です。みずがめ座はきっちりと、整った形ではないし、30度の幅でもない。

で、非常に多くの人がトロピカルの12サインのみずがめ座と、この星座のみずがめ座を混同していますが、このふたつはまったく違う性質ですよ。みずがめ座は川の氾濫みたいなものでもあり、文明によっては禍々しいと思っていた場合もある。なので、グレートコンジャンクションで、みずがめ座に入るといっても、これはアクエリアン・エイジとは無関係では。というより、アクエリアン・エイジという言葉がそもそもいいかげんなものですね。

サイドリアル的に、特定の恒星を起点にして12サイン考えるのはどうかというアイデアでは、数か月前に、ベテルギウスが自分をお正月にしろ、と言ってきた記憶があります。この場合、お正月はグレゴリオ暦のお正月でなく、やはり起点ということですね。ベテルギウスを第一宮のスタート点にするというのも、わたし個人が気乗りしにくいのは、わたしには複数の恒星に自我があるので、ひとつだけスタート点決められない。ろくぶんぎ座アルファ星にだけ自我があれば、おとめ座の1度あたりをスタート点にできて楽ですが。という場合も、レグルスやアルファードとニアミス起こす。なので、星系ごとにスタート点違うという区分けが一番合理的に思える。12サインは12感覚で、生命はこの12の区画がないと生存できない。というか世界とは12感覚のことだ。見たり聞いたり舐めたり触ったり、寒くなったり暑くなったり。

みずがめ座の時代って、いったいなんでしょうね。サダルスードを起点にするとか?トロピカル12サインのみずがめ座は風のサインですが、星座のみずがめ座は、洪水を起こすような、水浸しです。うお座のほうはこの水を飲まされるので、げろったりすることもあり、うお座よりもみずがめ座のほうがはるかに水っぽい。





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