2022年10月11日火曜日

20221011 冥想と夢見(20)を掲載した

 冥想と夢見(20)を掲載した。

https://note.com/lockwood/n/n6abdff9d588f

フラワー・オブ・ライフの中の5つの生命の樹は、7つと考えたほうが合理的。慣れてくると、この7人あるいは5人が、夢とか、ミディアムランドで、交流しているとか、干渉しているとか、ウォークインしてくるとかが見えてくる。よその樹の持ち込みが頻繁になってくるのは、ヴェシカパイシスが、上下、斜め上、斜め下などに、6角形の配置で、自我を移す作用があるからだ。このヴェシカパイシスの性質からすると、恒星とグレートセントラルサンの関係についても、いろいろ考えることができるのではないかと思う。地球に関係するグレートセントラルサンは、オリオン、シリウス、アルシオンの三つと考えると、なかなかに素朴で、わたしが夢で見た「地球の人は、牛のイニシエーションが、無難」という内容は、プレアデスか、あるいはアルデバランかになるのではないか。アルデバランの180度側には、アンタレスがあり、これぞ、グレートセントラルサンの代表中の代表だ。でも、地球にダイレクトに関係していない?


2022年10月2日日曜日

20221002 冥想と夢見(19)を掲載

 冥想と夢見(19)を掲載した。

https://note.com/lockwood/n/n77d7cd092456

フラワー・オブ・ライフの中の生命の樹について、もう少し詳しく書いた。ここには、4つの円があり、各々をヴェシカパイシスが繋いでおり、このヴェシカパイシス(魚の袋、種)が、互いにかかわるふたつの円の比率を調整している。たとえば、太陽の円と、月の円は、ヴェシカパイシスの短い寸のほうに、太陽と月があり、左右の長い寸のほうには、水星と金星がある。水星と金星が、降りること、上がることに関係するとしたら、金星よりも水星を強めることで、月の円の比率が高まり、自然的に、太陽の円の比率が減る。水星は、常により具体的に、より地上的になる傾向があるということだ。

この水星と金星の対比を、シュタイナー式に、アーリマンとルシファーと言ってもいいかもしれない。この4つの円の上にさらに、もうひとつ円が存在するが、それはグレートセントラルサンを軸にして、円周に5つの恒星と、冥王星が配置されており、この冥王星は、この太陽系のことを示している。つまりグレートセントラルサンは、基本的に、6つの太陽系がその周囲を回っているということになるのだ。この円に自我を持つと、強制的に、一番下の月の円から退去しなくてはならない。というのも、存在はこの4つの円でできているからだ。ただ、冥王星の円には、円周の上のほうに、三つの恒星がかかわっており、この接点を維持したまま、月の円が持つマルクト、すなわち地球の地上と関わることはできる。恒星を夢見ることや、恒星から何か指示されることと、グレートセントラルサンの円に、恒星とはわたしであるというふうに自我を移動させることはまったく違う。ヴェシカパイシスは、いろんな角度に自我を移動させる。なので、サマタ瞑想やサマディとは、このヴェシカパイシスのことなのだと考えてもいい。右や左の生命の樹に、自我移動させるのは、フラワー・オブ・ライフの練習としては、卑近なものであると思う。

2022年9月22日木曜日

20220922 冥想と夢見(18)を掲載した

 冥想と夢見(18)を掲載。

https://note.com/lockwood/n/n9a01d7c4e6ed

球体フラワー・オブ・ライフで、人間を作る最低限の単位は、5つの生命の樹の集合だと考えた時、クンダリニ点は5つあり、また5つの月になる。この5つの月は、固形物月に対しての緩和をすることができて、月の軌道に至る糸を作り出す。なので、導きになるのだが、あまりにも身近過ぎて、それを対象化できない場合もあるのでは。また、月の軌道に、占星術式に、均等に72度ずつ並べるのもできない。理由は、人間は一次元時間に自己喪失している時には、時間と空間の均等な配置というものを考えることができるのだが、蛇が目覚めると、すなわち時間意識に対しての自己同一化をしなくなると、ある一定枠の中で、時間の伸び縮みを自由にするようになり、すると空間的な角度とか整った図形と時間意識にずれが生じる。なので、5つの月は、不揃いな位置関係にあったほうが、「より実情に即している」ことになる。


2022年9月13日火曜日

20220913 冥想と夢見(17)を掲載

 冥想と夢見(17)

https://note.com/lockwood/n/nbf2e46328772

ミンコフスキー時空では、時間は一次元で、しかも方向が決まっている。時間が動いているのでなく、人間が時間の中を歩いているのだというのは、ミンコフスキー以後、常識のようになったが、でも、時間の中に眠り込んで、自分は動かないというのは、そもそも惑星の自転の時計に依存しているからで、これに対して、抵抗する動きが、想像力なのだ。合意的現実の中に生きている人は、基本的に想像力に欠けている。球体フラワー・オブ・ライフは、球体の時間だが、その前に、P.K.ディックの「立方体時間」とは何か。直線に走る時間に対して、直交する時間があるというのは、果たして立方体時間なのか不明だが、少なくとも、ディックは、直線時間に眠り込んでおらず、その結果として、未来の自分と会ったりしている。

2022年9月9日金曜日

20220909 10月8日に、ズーム講座します。スピカの時間。

スピカの球体時間。球体フラワー・オブ・ライフ。

特定の世界においての秩序・周期は、一次元の一方向時間によって作られる。この一次元時間は、ミンコフスキー時空と言われて、3次元とのセットになっている。スピカは球体時間だが、アルニラムも、この多時間軸を移動するので、一次元時間にこだわるアルニタクは、それを止めようとするが、遠ざかれば自由にできる。第三エジプトカルデア文化期には、アルニラム、アルニタク、ミンタカは、共同関係だったが、物質的な第四ギリシャローマ文化期になってからは、アルニタク一択の世界になったのではないか。ミンタカは古代に引きこもった。

http://ptix.at/j3ud2t



2022年9月5日月曜日

20220905 冥想と夢見(16)を掲載した

 冥想と夢見(16)

https://note.com/lockwood/n/n2516201a98e5

クンダリニに関して、まだ説明が足りない。というのも、ヨガ文献においてのクンダリニとは、たんに意識が上昇していき、解脱するという一方向でのみ考えられており、宇宙的な意識は、上昇して、1なるものに至ると、次に下降する。この繰り返しは、上と下を同調させるための、調整のようであり、そこに創造の意志が関与する。なので、物質次元に降りていくと、物質次元の改造というものが生じるのであり、クンダリニは上昇と下降の行き来そのものをあらわしている。そこに工夫、デザインなどが加わるのだ。日本の神を、伊勢神宮基準にしていくのがいいのではないかと思う。(最近。)ヤマトヒメは、荒神としての瀬織津姫のことを記述しているが、アルシオンと瀬織津姫すなわちアルクトゥルスのセットを考えると、これはパカル・ヴォタンの作ったマヤそのものだ。日本は、これを軸にしているという時、それは、決まった思想なく、多くの複合であるという中江兆民の言う通りになり、アルシオンは世界に入り、アルクトゥルスは、そこからアルシオンを引っこ抜き、また違う世界に入るというのを繰り返す。ヤマトヒメが、アマテラスを降ろす場所を迷って、あちこちに伊勢があるというのは、その後の日本の姿勢にもなるのでは。マヤ暦では、2013年から、開かれた時代になるという考え方があったが、むしろ2013年から、決まった周期、暦は賞味期限切れになる、ということではないか。アルクトゥルスは、こうした周期、暦を台無しにする本性があるので。全部水に流すのだ。


2022年9月4日日曜日

20220904 昨日、zoom講座しました。

 昨日のzoom講座は、参加者は93人でした。テーマは、シャンバラ、ノード、月の軌道、金星、クンダリニの比較的具体的、というものです。参加していない人でも、後で見てほしいので、久しぶりにvimeo作りました。参加した人は、peatixで、レコーディングのファイル見てください。一週間期限です。

https://vimeo.com/ondemand/vnnss

ほかの人にも見てほしいのは、クンダリニに関して、古い時代のクンダリニ説明は、間違っている面が多く、ナウいクンダリニについて考えてほしいからです。アルゴル道です。それは、アルシオンのすぐそば。そしてスピカに近いです。だいたい今の円レートからすると、このあたりかなと思います。



20260531 youtube番組はふたつになりました

 1は、わりに、テーマを決めないもの 2は、はっきりと目的特化型です。 しかしわたしからすると、1のふわっとしたものでも、結果的に、はっきりした方向に誘導するものになるのではないか。単なる雑談というのができないからです。このふたつは、ひとつにまとめられないし、まとめないほうがいい...