夢の中では、物質生活の記憶とか形をかなり借りるので、実在の人物のイメージなども出てきたりする。睡眠中は、エーテル体は身体から離れることはないが、夢は身体から外に長く伸びたエーテル体の知覚なので、この肉体と紐でつながっているというところで、実際の記憶を借りたりする結果になるが、夢体験としては、あまり正しいことではない。身体から離れた瞬間から、ものの形はすべて変形し、また自分も人の形をするわけではないというところに移ったほうがいい。エーテル体は、空を飛ぶし、宇宙にも飛ぶ。人の形というのは、歩くために足が二本あり、小さな作業をするために二本の手がある。どこにでも自由にいけるというエーテル体の世界では、つまりは足も手も不要なものであり、純度の高い、癖のない、精密な知覚意識を持つには、人の形を失ったほうが良い。しかもわたしたちはものの大きさは、自分の身体との比較で考えていくので、身体から離れた瞬間から、ものの大きさはまったくあてにならない状態になる。生きている時のあらゆる尺度が壊れていくのが正常な夢体験であり、徐々に夢をそのように特定の信念体系から開放していく工夫はとても重要なことでもある。応身ボディ、エーテル体ボディは、この物質世界の尺度がほとんど通用しない。特に時間の順番、空間の秩序がまったく別物になっていく。肉体を持った宇宙人として、このエーテル世界にかなり近いというか似ているのはアンドロメダだ。一歩進むと別世界という変化に慣れるのに、マニュアルがあると良いかもしれない。地球の歩き方でなくエーテル界の歩き方。まずそもそも聖書に書いてあるように、この物質世界の最初の入り口というか、思考パターンは天と地の分離であり、エーテル界に行くと、この天と地の分離が「解約」されてしまう。
2018年11月14日水曜日
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