去年の終わりくらいから、ずっと短い小説みたいなものを書いています。これも芸術のカテゴリーに入るかな。わたしが考えるに芸術というのは自立性の高いもので、それ自身で単独に成立するというものです。これは言い換えると、社会の中に部品としては組み込まれないということです。何かの役に立つ、貢献するという依存性とか、関係性が希薄です。役立たないように努力する必要があるのですが、すると、この創作でお金儲けして生活できるということはあまり期待できません。お金儲けするというのは社会の付属品になるということであるから、自立的にしていくという方向性は基本的には儲からないということです。で、わたしは昨年から本を書く時に、読者のイメージがわからなくなっていて、本を書くのはなかなか難しいなと思っていたのですが、創作の自立性というのも、これは読者との関係性に寄りかからない必要性があるわけですね。最近思いついたのは、読者とか聞き手を作品の中に一緒に組み込んでしまい、勝手にやってろ状態を作り出すことでした。こうやって今のところ対話篇というプラトンのまねごとをするのが一番快適だとわかりました。誰に話しかけたいの?それは作品の中にいる相手です。これはお笑いコンビみたいなもので、相手は単純な反応だけしてくれるだけでもいい。あるいは知恵をつけてくれてもいい。なんやねん、とか、カフェに行く場合には、カフェかよ、という反応だけでもいいです。この設定によって、勝手に暴走できるということがわかります。説明・解説の本は、どういう相手に対して?というのを意識しないことには書けないという社会性の高さがあるのです。
2019年4月9日火曜日
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