昨日の講座で、わたしはデネボラに親しみがあると言いました。地球においては、わたしの生活方針は基本はデネボラです。で、QHHTで、わたしは4つの世界を混ぜる癖があるということが判明しましたが、これもデネボラ姿勢で、ひとつの世界に没入したくないということから来ています。同時に違うものを見ていたら、どれかひとつには引きずり込まれる率が少なくなる。デネボラが具体的に出てくると、それはたくさんの傾向になり、一概には言えなくなるのは当たり前です。恒星なんだから。でも、地上では、このデネボラのあるカラーを強調してコーディネイトすることもできるのです。そのことでデネボラも多様化し、ロートレックのような人、ヒットラーのような人などに分岐します。リュッケルトの詩で作られたマーラーの歌曲「わたしは世界から忘れられた」も、デネボラ表現ですが、はくちょう座のデネブとデネボラが結託して、そこにマトリクス、つまりタクシー運転手のみが使える裏道ができると、社会からちょっと引いた場所に巣ができたりします。そしてデネブはこの巣を守るために鷲にさえ勝利します。デネブが関与するとどうしてもオタク集まり的になるのですが、しかし純粋にデネボラのみだと、いかなることにも加担しない公平に見るという姿勢が強化されるのではないでしょうか。
2019年4月14日日曜日
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