2020年1月15日水曜日

20200115 また質問が来た

また質問が来ましたが、質問が要領をえない感じで、つかみづらい。
で、生命は7つの階層でできていますが、
この7つの階層のひとつずつ、その内部は二極化されている。
この二極化を統合すると、その階層の上の次元に入ることができるけど、
二極化の統合とは、それまでの二極化されたうえで働いている意識が無になること。
ひとつの階層は上下の階層との関係に、常に無あるいは無限がある。
この無があるために、スムーズに上の階層に行くことはできない。あたかもそれは存在しないかのように。つまり無の向こう側にある。
で、いわゆるノンデュアリティは、たとえば7つの一番下の物質世界で、二極化されたものを統合化した時に、次のエーテル体に入る時に体験する。
またエーテル体の二極化を統合化すると、次の領域に入る。
上から降りる時には、陰陽の自己分割するが、
下から上がる時には統合化する。でもたいていの場合、二極化の片方が自分なので
自力で、この無の果てにある次の階層には到達できない。
二極化の片方が自分なので、これを統合化するとは、これまでの自分が失われることに等しい。

グルジエフは創造の光線は、7つの階層の一番下の月で停止し、その先には進まないと言っている。これは生命の樹ならば神はイエソドにまでしか降りないということと同じ意味。
ということは月下の物質とか四元素は、創造の光線が入っていくことを拒否しているというか、跳ね返す。創造の光線は跳ね返されること、拒否されることで、生命体は7つの階層をまとめることができる。もし月下に創造の光線が入り込むことができたら、生命は川の流れのように下方に流れて行き、生命体は自身を維持することができなくなる。つまり墜落が止まらないと、生命というのは存在できない。
創造というのは自己分割と数が増えることを意味するので、
この月下で自己分割が停止するということは、そこでは二極化ができないという意味でもあり、つまり下にある絶対の物質という意味も生じる。
上の絶対と、下の絶対は区別しておかなくてはならないが、
わたしの体験ではこのふたつを区別するために、下の絶対には黒い粉がとりまいていた。
「'」マークみたいな感じ。絶対と、絶対'。



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