2018年10月2日火曜日

20181002 異次元を日常世界で説明すると混乱が増える

仙人の話とか、アストラル体の話などをする時、この日常世界の外にある異次元のものを説明している。facebookは日常生活に関係した話題を続ける場で、本来異次元の話をしてはならない。というのも異次元というのは、常にこの次元というか日常世界を傷つけ、信念体系を壊すものだからだ。それでもあえて仙人などについて話題にすれば、まず確実に歪曲した形でしか受け取られない。それは最初からわかりきった上で、宇宙人とかアストラル体とか仙人の話をしている。というのも、メンタル体、アストラル体、エーテル体など、物質界からは想像できないものを、物質界でどう語るかについて考えていたからだ。12サインのうち三つは、世界の外にはみ出している。というかそれでは話が矛盾するので、世界の中にありつつ、外世界に渡りをつけようとしている。内側に入った外のものというか。外側にあるものが内側に入ったときには、もう外側にあった時の姿は失っている。海老天も体内に入れば、もう海老天の姿はとどめていない。この三つのサインの支配星、冥王星、海王星、天王星も、それに準じて、メンタル体、アストラル体、エーテル体の模造を表現する。しかし決して本体ではないので、そこに能動的な働きはない。日常世界の内側にありつつ、外にあるものを暗示させる類のものと、実際にそれに対応する外にあるものは似て非なるものであるが、この違いをあまり説明しない人が多いので誤解を呼びやすい。シュタイナーもアストラル体などを説明している時に無防備な言い方をしているので、多くの人はアストラル体は、日常生活の中での感情的な面などと勘違いしてしまう。中国人はいいかげんな国民性だからか、酔っ払うと羽化仙人になるなどという表現までしてしまい、仙人がいかに壮絶なものかはだんだんとわからなくなってくる。言葉の定義を明確にするならば、物質界と物質は違うものだと説明しなくてはならないが、定義をはっきりとさせるにつれて思い込みは減り、恒星探索もそうとう無理無理なことにチャレンジしていることも判明する。エーテル体と、惑星意識のひとつである天王星の違いなどもしつこく説明したほうがいいようだ。

もし仙人がユクテスワのような純アストラル体ならば、天候の異変は起きないと思うが、応身のようにエーテルボディの上にアストラル体・メンタル体が乗っている形態であれば、エーテルは物質界に面しているので、天候に異変とかあるでしょう。キリストの場合に天候どころか、時代の転換点になってしまい、以後の人間はみなキリストを死なせてしまったという原罪を抱え込んで暗く生き、物質界に埋没した。キリストが応身になったことを知っている人は原罪を持たずハッピーになり、キリストの死体を見た人は原罪を抱く。だからゴルゴダの秘蹟は、信仰の試金石と言われる。



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